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ブログに関して

「森の天測航法」と名づけた理由について

 

自宅の周囲には何キロにも渡って森が続いている。

そんな森も30年、なんとなしに見ていると変化に気づく。ちょっと風の強い日には、時折、メキメキと音を立てて木が倒れる音が聴こえてくる。またか、と思いながら林道を歩いてみれば、あちらこちらで倒木が確認できる。ある木は既に朽ち果て苔に覆われ、土へと還りはじめている。かと思えば、落ちたどんぐりから芽がではじめ、また巨木になろうとしている木もある。再生と死が森というカテゴリーの中で粛々と行われている。

 

人間の社会の中でも、それは同じように行われている。今日もどこかで人が生まれ、人が出会い、人が死んでいる、はずである。そんなことを森を見てふと思った。

 

そして人間は社会という森を作り、人間圏というカテゴリーを構成してきた。

そのカテゴリーは広大で、その仕組みの一つ一つを見ればフラクタルにシステムが内包されており、一概に「これはこれである」と断言することは出来ない。

 

しかし、もしその社会という森を人間が航海するならば、我々は自分が今、どこにいて、どこに向かっているのかということを確認しなければならないだろう。そのとき、空を見上げ星の位置を確認し、太陽の高度を確認し、磁石を使って方位も確認しなければならない。

 

もし、社会というものがそんな風に航海可能であるならば、我々はどうやってその社会という森を把握し、実体をつかんでいけばよいのだろうか。

そんな意味で「森の天測航法」と名づけました。

 

あれやこれやとジャンルを越えて書きますが、

気長にご覧いただければ幸いです。